現代のクリスマス

リアホナ雑誌から

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クリスマスのタマーレ

イナ・ブルシオン

コスタリカでの伝道があと2か 月ほどで終わるというころ, アメリカ人のグエン姉妹とい う同僚と伝道していました。クリスマ スを祝おうと胸を躍らせ,住んでいた 小さな町の友人や家族に配れるよう に,あめやクッキーを入れた小袋を準 備していました。

わたしは伝道のほとんどを貧しい 人たちの住む区域で行いました。その ことを心から感謝しています。簡素な 家に住む人々に教え,彼らの中で生活 して,そこに住む人々の親切で謙遜な様を見,犠牲の精神を学ぶ機会を,主 は祝福として与えてくださいました。

最後にお菓子の袋を届けたのはカ ルモナ家族でした。人数が多く,ワー ドでもいちばん貧しそうな家族でし た。薄い板金をはった小さな木造の 家に,両親と子供,親戚 や孫が同居していて,電気をはじめ生活が楽になる ような近代的な設備や道具は何もあり ませんでした。家族はクリスマスに食 べる伝統料理のタマーレ(訳注――ト ウモロコシ粉の生地にひき肉などの具 を包み,トウモロコシの皮に包んで蒸 した料理)を作っていました。わたし たちはお菓子を配り終えて,家に戻り ました。

クリスマスの日の朝早く,玄関をた たく音がしました。驚いたことに,カル モナ家の13 歳になる息子のミノール が立っていました。手には小さな包み を持っています。

ミノールは言いました,「姉妹たち, タマーレを届けるように母に言われて 来ました。メリークリスマス。」

カルモナ家族がわたしたちのことを 心に留めてくれたことに心から感謝し ました。わたしも同僚も,自分の家族 からはまだ何も届いていなかったし, プレゼントがもらえるという期待もして いなかったからです。そして恐らくは, 自分たちが食べる分がかろうじてやっ とあるだけだと思われるこの家族が, クリスマスにこしらえた「ごちそう」を 分けてくれたのです。

この包みを見せると,同僚の頬 に涙がこぼれ始めました。「姉妹,どうした の。」わたしは尋ねました。

同僚の答えはとても短いものでし た。「ブルシオン姉妹,今日はクリスマ スなのよね。」

そうです。クリスマスだったのです。 カルモナ家族はキリストにするのと同 じように,わずかな食料をわたしたち 宣教師にも分けてくれたのでした。そ れはあのクリスマスの日に受け取った ただ一つの贈り物でした。わたしはこ の贈り物を一生忘れないでしょう。■

初めてのクリスマス

エイブラハム・メネス・サグレロ

クリスマスがやって来ましたが,新婚のわたしたちに はクリスマスツリーや飾り,それに豪華な夕食を用 意するお金がないことは明らかでした。

わたしたちの新婚生活は,家もなく,仕事もなく,お金もほ とんどないところから始まりました。しかし神は助けてくださ いました。わたしたちは小さなアパートを見つけ,わたしは 仕事を探し始めました。まだ学位を取っていなかったため, 様々な販売の仕事に就きました。収入は少なく,食べ物を買 い家賃を払うので精いっぱいでした。わたしは朝早く仕事 に出かけました。販売がうまくいくこともあれば,そうでない こともありました。うまくいかなかったときにはがっかりして 家に戻りましたが,妊娠中の妻は笑顔で迎えてくれました。 そんなときは,困難も何とかなるような気がしたものです。

メキシコでは,クリスマス当日にも増してクリスマスイブを 盛大に祝います。独身時代には,タラと,ビートやオレンジ, ピーナッツの入ったサラダを食べて祝いました。しかし今年 のクリスマスイブにはどのような夕食が食べられるのか分か りません。わたしたちには少しばかりのお金と,借り物のガ スボンベを付けた小さなコンロがあるだけでした。居間や 台所には,家具も冷蔵庫もありませんでした。ただ祖 母がくれた小さな木のテーブルと,友人からも らった一組のいすがあるだけでした。

自分たちの暮らしぶりを思うと気がふさ ぎました。しかし,神はわたしたちを 決してお見捨てにならないという ことを思い出し,わたしは幼子ご のようにへりくだって,神に 祈りをささげました。

祈りはこたえられました。心は安らぎ,すべてがうまくいく と感じました。車のトランクを開けると,片隅に小さな魚の干 物があるのを見つけました。数か月前に父を手伝って魚を 運んだことを思い出しました。この干物はきっとそのとき置 き忘れたのでしょう。塩分のおかげで悪くなっていなかった のです。

妻に干物を見せると,調理すると言いました。わたしたち はトマトやそのほかの材料を買いに行きました。そして,魚 を洗って水に浸し,塩抜きをしました。

その夜,小さな電球に照らされながら,わたしたちはペンキ も塗っていない小さな木のテーブルに向き合って座り,イエ ス・キリストの誕生を思い起こし,イエスがわたしたちよりもさ らに質素な環境でお生まれになったことに思いをはせました。 わたしたちはかつて食べたこともないほどのおいしい夕食を 楽しみ,その夜は早く床に就きました。翌朝,ベッドに入った まま,二人でクリスマスの映画を見ました。とても幸せな一日 でした。貧しい中にあっても,クリスマスの精神がわたしたちの 小さな家庭に明かりをともし,希望と勇気を与えてくれました。 1 月には娘が生まれ,さらなる幸福が我が家にもたらされ ました。

その後,何度もクリスマスがやって来ては去って行きまし たが,わたしたちは二度とクリスマスツリーや飾り,それに松 の木の香りを欠かすことはありませんでした。夕食として, おいしい料理も食べました。しかし,わたしの最も大切なク リスマスの思い出は,二人で過ごした最初のクリスマスです。 この世のものは何もありませんでしたが,霊的な,永遠に続 くものに豊かに恵まれていました。それは,わたしたち二人 とやがて生まれる娘,そしてクリスマスの精神です。■

3人の手に渡った クリスマスプレゼント

デリーン・グラスミック

わたしはこれまで11 年間,ユ タ州プロボにある「食料お よび宿泊支援の会」で路上 生活者や困窮者に無料で食事を出す 施設を運営してきました。ここに来る 利用者には,できるときには手伝うよ うにと勧めていました。マイク(仮名) という男性は約4年間,車の中で寝泊 りをしていました。いつも仕事を手 伝ってくれたので,彼にはとても感謝 していました。

クリスマスが近づいたころ,わたし は感謝の気持ちを表すために,簡単 な感謝の言葉を書いたクリスマスカー ドを添えて,近くにある安い映画館の 回数券を贈りました。マイクは感激し, 前にプレゼントをもらったのはいつの ことだったか記憶にないと,何度も何 度もお礼を言いました。

事が起こったのは,クリスマスイブ の昼ごろでした。その日の夕食の後, マイクは映画の切符を2 枚上げてし まったと詫びを言いに来ました。そこ でわたしはあの回数券はあなたに上 げたものだから,何なりとあなたの自 由にしていいのよと言いました。マイ クはこう説明しました。「実は,食事の ときテーブルの向かい側に女の人が 座っていました。知らない人でしたが, 今日は自分の誕生日なのに何もプレゼ ントをもらってないと言ったので,映 画の切符を1枚上げました。」

マイクは続けます。「ちょうどそのと き,隣に男の人が座っていました。話 してみると,彼は今夜バスに乗るけれ ど,バスは11 時に出るのにそれまで 居る場所がないと言うんです。それで 暖かい映画館の中で映画を見ながら バスを待つことができるように,その 人にも映画の切符を1枚上げました。」

この話を聞くと胸がいっぱいにな り,涙が込み上げてきて,あなたのし たことは何て優しい,キリストのような 行いなのでしょうと言うのが精いっぱ いでした。■

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